魔法少女 まどか☆マギカ 最終考察 その2

これ以降ネタバレ

さて、各話構成について。
全体を通して思うのは、事前に雑誌記事に明言されていたとおり、ストーリーとしては反則技的なひねりがあるわけでもない、たいへん王道な物語だなあという。ほむらが時間を超えているのではないかという予兆は本編中何度も示唆されているし、時間ループものというのもそれほど目新しいわけでもないのかなあと。
だからこそ、構成とか、演出が重要なわけで。
基本的に3話までがプレストーリー、そこからが本編ととらえていて、大きく分類してさやかルート、まどかルートに大別されると思う。6話がルート分岐と考えられるので、プレストーリー3話、本編分岐前3話、さやかルート3話、まどかルート3話と、話数を見る限り大変バランスよく振られている(とおいらは思う、根拠は後述)

まずはあらすじを書き起こしてみたい。

プレストーリー3話について。普通の魔法少女フォーマットによる普通の魔法少女代表の「巴マミ」の話。スタイリッシュでかっこいいベテラン魔法少女巴マミ。そしてその力の源である謎の生物キュゥべえ。キュゥべえは鹿目まどかと美樹さやかにも魔法少女契約を結ぶことを依頼する。巴マミと行動を共にするうちに、二人は魔法少女になることを決意する。だがしかし、そんな既存の魔法少女像はお菓子の魔女によって無残な死を迎えた巴マミ自身によってくじかれる。この世界において、魔法少女の戦いとは命を、魂を賭けて生き残る生存競争の上に成り立つ存在なのだ。謎の転校生暁美ほむらがまどかに冷淡に警告していたように。

本編分岐前3話。葛藤の末、一旦魔法少女となることを断念するまどか。一方、それでも命を賭けて戦うに値する奇跡を望んだ美樹さやか。そこに登場したもう一人の魔法少女、佐倉杏子はこの世界の魔法少女という生き方を、さやかに、そしてまどかに示唆する。魔法は自分の為に使う、そうでないと生きていけない世界なのだと。しかしさやかを想うまどかの行動が、魔法少女という現実の凄惨さを浮き彫りにする。魂と肉体と。その不可分な存在の別れし存在としての魔法少女。

さやかルート。自分の選んだ道への自信が揺らいできたさやか。自らの奇跡の代償は想像以上に重くのしかかる。そんなさやかに、杏子は自ら生い立ちを語る。そして魔法少女の能力は自らのために使うべきで、他人のために使ってもそれは不幸を呼ぶだけだではないのかと問いかける。さやかは杏子の話を受け入れるが、それでも自分の信念に従って人々を救おうとする。しかし自らの命を賭けても守ろうとしたモノのは想像以上に儚いモノだった。絶望したさやかは魔女化をする。杏子とまどかはかつてさやかだった魔女の説得を試みるが、願いは叶わなかった。杏子は魔女と共に消滅する道を選ぶ、同じ魔法少女として、友として、その悲しみを受け止めるために。

まどかルート。転校生暁美ほむらは回想する。かつて自分が過ごしてきた時間を。何人ものまどかに出会い、そして別れてきた。他の魔法少女と共闘を目指すも受け入れられず、いつしかほむらは、まどかを魔法少女にはしない、最悪の魔女であるワルプルギスの夜は自分でカタをつける、それが望みとなった。
だが、キュゥべえ=インキュベーターは指摘する。現在のこの世界のまどかの強大な力は、暁美ほむらが今まで無為にしてきた数多の可能性を持った平行宇宙の因果の集結ではないのかと。そして感情のない生命体であるインキュベーターはまどかにこれまでの人類とインキュベーターとの共存関係を示唆する。魔法少女無くては人類の歴史は生まれない。そして魔法少女が絶望し、魔女に変わるときのエネルギーこそがインキュベーターの欲したものであると。
時間遡行者ほむらは最終決戦の前夜、まどかに心情を吐露する。自分は未来からきたのだと。あなたには出会ったばかりの転校生かもしれないが、自分は既に多くの時間をまどかと生きていることを。だから黙って自分にまどかを守らせて欲しいと。
やがてワルプルギスの夜を迎え、ほむらの周到な攻撃は功を奏したように見えた。だがあまりにも最悪の魔女の力は強大だった。魔力を使い果たし、この時間軸をも無為にして時間をさかのぼろうとしたほむらに、インキュベーターの指摘がとげのように刺さる。結局ほむらは、まどかを最悪の魔女を超える、史上最凶の魔女へ導いているのではないかと。ほむらは絶望受け入れ、希望は途絶えたかに見えた。
しかしその時、その手をしっかりと握る者がいた。まどかはほむらに優しく語りかける。もうがんばらなくてもいいんだよ、と。まどかは決心したのだ。この命に変えても叶えたい望みができた。
「時空を超え、すべての魔女を生まれる前に消し去りたい」
その途方もなく大きな望みは叶えられ、宇宙の法則は再編された。それはほむらがまどかに因果を集結させてきたからこそ可能な望みだった。まどか自身が消滅することによって再定義された魔法少女は「我が命、円環の理に導かれ果てるまで希望のために戦うことを決意した者」となった。かくして、インキュベーターと魔法少女は新たな関係の元、世界のひずみを魔女に変わって吸収した魔獣との戦いに立ち向かっていった。 まどかという概念に見守られながら。


最初の区切りを3話とした点については物語の最初の大きなターニングポイントである巴マミの死のエピソードから異論は出ないと思われる。この部分を本編ではなくプレストーリーとした理由は、巴マミというキャラクターが既存の魔法少女像を代表するキャラクターであり、この世界での魔法少女と既存の魔法少女との間の隔たりを鮮明にするため、あえて既存の魔法少女として描かれたエントリーキャラクターだからだ。極端な話、巴マミというキャラクターがもし存在しなくても、既存の魔法少女像とのギャップを十分認識できるのであれば以降の話は成り立つのではあるが、やはり彼女無くしては理解が難しかっただろう。
早期に退場したにもかかわらず、人気が高いのはそのわかりやすさも一端ではないかと思うが、キャラクターについては稿を改めて分析することとする。

さて、本編を3分割した理由は、主に2つある。一つは、脚本構造が「多分岐ノベルゲームを一本道に再編したもの」になんとなく(本当になんとなくですが)にてるなあと思ったということ。便宜上ここではさやかルートと呼んでいるシークエンスって、ほとんどまどかが主要なイベントに関わってこないし、むしろ、まどか抜きでも成り立つんじゃないかなあとか思ったからなのですが。(もう一つ、タイトルのわりにはさやかの話が長いと言うのもあるけど)

で、もし仮に、この作品が2分岐のノベルゲー— きっとさやかルートでは、ほむらは時間をさかのぼったりしてないし、まどかは概念にもならないかもしれない。逆に、まどかルートでは魔法少女が魔女の前段階であることは他の誰か、QBかほむら、によって示されるかもしれない — だったとして、まどかが本編に強く関わらなくなるのはどのタイミングだろな、と思うと、「友達を投げる」のが可能なのは、魔法少女の存在を知っていて、さやかを救おうと思っているまどかにしかできないのかな、と。
(これはストーリーの分析のために行った思考実験であって、そういう意図で作られていると主張するわけではありませんが)

でね、こう分析すると、時間配分的には3話3話3話3話でバランスいいんだよね。ずっとさやかの話をやっていた印象があるけど、そうでもない。更に言うと、あらすじとして、おいらが重要と思う事柄だけにしてみると、むしろ10話以降、まどかルートの方が多いんだよね、削れない話題が。先のノベルゲーのたとえで言えば、他のヒロインを全部クリアしたあとにプレイできる真の主題ルート的な。

いやほんと、あらすじ書いていて、普通の作品だったら主題から離れていて、これは切り捨てるところ、っていうのが結構あるのに、この作品は本当に無駄がない気がして、あらすじでは泣く泣く切ったエピソードも記載が無い為に物語の意味合いが変わってしまっている気がしないでもないところも多々あって、ホントすごいなあと。

そもそも人物にほとんど無駄がないもんね。

て感じで。次回は番外編、完全生産限定版付属CDについて。そのあと(おそらく数回に分けて)キャラクター達について書いてみたいと思っています。

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