健康を維持するために必要な不健康さ

自分の人生の中で、「買い食い」が精神の安定に不可欠である事を知る。

美味しいものも食べたい。

けど、そこそこのおいしさのチェーン店の食べ物も恋しいのです。

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うーん

2019年2月に発足済みの会社sproot が、MercuryとFlora の親会社になったそうで。

もともと AKS から、2社の事業を引き受ける話にはなってたんだろうな。

リリースにはないけど、Vernalossom が担うとされていた国内48G全体施策もsproot管轄なのかもしれないな。

現時点ではただの妄言ですね。

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不安と、期待と

COVID-19拡散防止のための緊急事態宣言、それから地方自治体による自粛要請(原文ママ)がどうにも前倒しで解除されそうな、そんな雰囲気なのですが。

私が望んでいるアクティビティーは、規制緩和、いや失礼、自粛要請(原文ママ)解除としては一番最後で、東京都のロードマップにはSTEP名を書いて貰えないくらい先のお話しなので、いまのこの段階はもちろん乗り越えなければ到底たどり着かない訳で、そりゃ早く先に進んでくれた方がありがたい。訳です。

でもさ。今発生してないのって、外を出歩く人が全然いなかった時期の結果だから、ある意味減っていないとおかしいわけで、別に何か素晴らしく事態が改善した感じでもないんですよね、実感として。

まあ、冷静に考えればその間に無事退院されたり、軽症者経過観察施設としてのホテルに移って、病室がある程度空き、最悪もう一波きても大丈夫になったから。って言うのは一つ改善点ではあるけれど。

とはいえ。

ここですぐに再発したら、次の解除基準はもっと厳しくなって、更にゴールが遠くに飛び退いてしまうんじゃないか。そんな不安。

まあ、でも、さっきも書いたように、ここを乗り越えなければ「私たちのゴール」は近づきもしないんで。更に言えば案外全然大丈夫だってわかって、「私たちのゴール」がSTEPなにがしに新たに含めて貰えるかもしれないし。っていう期待。

自分にコントとロールできない事象を悩んだりはしないというポリシーで生きてるんだから、これはその最たるモノだから、きにしたってしょうがないですよと、自分に声を掛けてなるようにしかなんねーよな、と。そんな落とし所でふわふわしているしかないですね。

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かなしい

普通の人間は善であって、悪人は人間ではないか、人間の異常形態である。自分は正常なので悪人ではない。

ってみんな少なかれ思っていると思うんだけど。

誰もが悪を身に宿している。そしてのその悪は「それぞれの正義」で何重にもシュガーコーティングされていて、本人も結局何がコーティングされているのかすらわからないとしたら。

ほらお食べと、心からの善意で渡したその丸薬の中身が猛毒。
知らなかった。悪意はなかった。でも……

ごめんなさい。そしてありがとう。
私は知ることが出来た。もちろんもうそんなことはしないよ。

だから、お詫びにこのマーブルチョコレートをみんなに送るよ。

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いつになったら

いろいろ、楽しいことが出来るようになるのだろうか。

コンサートとか見に行きたいなぁ

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基本的には頑張りましょうというお話

実は連休終わっても自粛は終わらないだろうから、リモートワーク環境を改善しておこうと思いまして。いつ届くかはわかりませんと言われましたが、まあいいやと言うことで。折りたたみ式の椅子と机を買ったんですよね。それがこの週末に届きまして。

それまでは昔買った座面が水平にならないおしゃれ折りたたみ丸椅子に座って電話のおいてある机から一時的に電話を横にずらしてつかってたので、とにかく足が机の下に入れられないのが辛かったのですが、コレで月曜日から少しは腰が楽になるかな、と思っております。

元々、就職とともに関東圏に引っ越して、長い間 千葉そして東京に一人暮らしをしていましたので、基本友達は関東圏にいまして。

そもそも地元のお店とかは全然知らない上にこっちに故あって戻ってきた時には全くどこに何のお店があるのやらだったし、そもそも平日昼間は基本東京にいるので、まあ何か遊びに行くとしても関東圏の友達と、だったので。

COVID-19感染防止にともなうリモートワークへの転換と外出自粛によって、とにかく家族以外に誰にもあえない日々が続いています。

そもそも私が「地元の大規模施設へ行くより安く、そんなに変わらない時間で東京に行ける」のは、会社が一部負担してくれている新幹線定期があるからで、現時点では支給され続けているものの、それがなくなる未来もあり得るのです。

多分それは「精神的な死」を意味するんだろうなと思って、ちょっと辛くなってきています。

さて、先週あたりから全国の、そして東京都の感染者数が落ち着いてきました。これ、全国へ緊急事態宣言がひろがり、特に首都圏においては強く外出自粛が行われ始めたころから、まさに14日後なので、8割削減した場合に比べて確かに減りはなだらかではあるけれど、一定の効果があったと思っていいのではと私は思います。

この感じで行けば、もうしばらく外出自粛を続ければ、一週間フルリモートワークな世界からは抜け出せるのかもしれません。

私にも都内でウィンドウショッピングや外食を出来る機会が帰ってくるかもしれないという希望はわいてきます。

でも。

好きだったあの店、見に行っていたライブハウス。そんな感じの素晴らしいモノ達は、まだしばらくは、もしくは永遠に、お預けになってしまうかもしれません。

だから、遠くにいて、支援も何もできない私としては、まことに勝手なお願いではあるのですが、出来れば。

出来れば生き残ってください。

そしてまた、
会いましょう、みなさま。

その日まで私も頑張って生き残ります。

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いわゆる演劇界を巡る事象に対するメモ

  • 彼らの主張の主語が大きいのはそもそも普段から文化を代表する立場にいると考えているからではないか?
    • 彼らが文化を代表すると考えていると思われる理由は、専門家が制作し、専門家が消費する、「ある意味純度の高い」形態だからか?
    • もしくは、専門家が制作し大衆が消費するものは文化ではないと考えているかではあるが、彼ら全てがそう思っているとは考えにくいので、ここでは保留する。
  • スポーツを引き合いに出して我々は無観客では成り立たないのだと主張した件は、その時点でスポーツ(の一部)が無観客興行を行っていたからであって、それ以上の意味はないと思われる。
    • ただし、ここでも主語の大きさが災いしており、例えば「大相撲」などと具体例を挙げるべきであった。
    • そもそもスポーツ興行も専門家が制作し大衆が消費するタイプの文化であるので、文化を代表する立場の発言としては好ましくない。
  • 論の発端が、自らの生業が不要不急とされることへの反発であるから、その時点で必要緊急とされていた製造業よりも、自らの生業の方がより必要緊急であると訴えたのではないか?
    • ただ、その論拠が製造業はいったん滅んでも人モノ金を投入すれば(容易に)復活するからという稚拙かつ事実に反するモノだったから同意を得られなかった。
      • 彼らが真にそう思っているのか、それとも上手い言い訳が思いつかなかった苦し紛れの論なのかは不明。
    • そもそも最初の主張が行われた理由が、平時から自らの生業が不要不急とされている自覚から来たものであるとすれば、稚拙な論でも主張しなければ消滅するという危機感があったものと思われる。
  • どうせ主語を広げるのであれば、もう一段大きく、「不要不急か否かによらず、全ての産業を保護するべき」という論であれば受け入れられた可能性はあると考える。
  • 専門家が制作し、専門家が消費する形態であっても、製造業なしには成り立たないというのは事実であって、その視点が欠けていたのがそもそも致命的というのは同意する。
  • そもそも、彼らが無心している相手は、「いわゆる演劇界」外の国民であり、少なからず製造業もしくはそれと何らかの関連がある者達なので、彼らの論は金を出させる相手を下げていることになる。方法論として正しくないことに同意する。
  • 彼らがそもそも、いわゆる演劇界すらも代表してないというのはおそらく真実であろう。
  • この件で演劇界全体を批判するのは乱暴かなと思う。
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最近思うこと。もしくは愛を求める人々に望むこと。

劇団でも飲食店でもスポーツチームでも何でも同じだと思うのだが、やはり自分の谷町でも知人でもない人にお金を無心してはいかんのだよ。

それは倫理観とかそう言う話では無くて、この緊急時に少ないリソースで宣伝を専門としない人がやるには難事業すぎると思うから。

結局それは、「自分達が救済される価値がある」ことを「普段の活動では届かなかった」人に伝える作業だと思うのですよね。

既に価値があると思っている人からしたら、なくなって欲しくないんだから、そんなこと言わなくても喜んで差し出すと思うのです。人によって多少はあるにせよ。

まあそれでも「今提供できるものはコレです。気に入ってくれたら買って下さい。ものすごく気に入ってくれたら少し上乗せしてくれると助かります」だったら話は違うと思んですが。「生き残ったらもっと凄いモノをお見せしますね!期待していて下さい」だったら更に素晴らしいというか。

でも、それって普段やってるべきことですよね。っていうか、非常時に慌てて始める性格のモノではないと思うんですよ。

「今提供できるモノはありません。でも将来はこんなに素晴らしくなります。お金下さい」って見知らぬ人、しかも大なり小なり既に困っている人に言ってお金出して貰える自信あります? 私にはないです。

ところが、ですよ。

これを裏返すと「いまこそ普段から築いてきた信頼関係に大いに頼って下さい。みなさんの素晴らしさは我々が一番よく知っているんです。どうぞそこにお金を置く場所を下さい。今は何も渡せるモノが無い? 問題ありません。対価より大きいモノを将来貰えると確信しているからです」って事になるわけで。

基本がその位置にあるなら「その上何かいただけるんですか?神!」ってなるわけで。

こう言う時に自分の好きな人々が商売っ気をだして、色々頑張ってくれたらありがたいね。

っていうお話しでした。竜頭蛇尾。

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最近思うこと。もしくは愛したモノ達が死にゆくときに私たちにはなにが出来るのだろうか?

このところ自分個人の気持ちとかはTwitterに投げて満足してしまうことが多かったのだけれども、こうやって久しぶりに自分のBlogを作り直したのだから、せめて最初くらいはここに投稿するのがよいだろうと思って、いまここに書いている。

あなたがこの文章を読んでいるときにはもうコレは歴史上の出来事になっていて欲しいと祈っているのだけれど、今現在、私がいるこの時間では、新型コロナウィルス感染拡大防止に向けて、日本国政府から、はたまた地方自治体から、色々なものが「自粛を要請されている(原文ママ)」状況であり、「自粛要請に従わない事業者に対して措置を講じるように地方自治体に政府が指示をした(これまた原文ママ)」所だ。日本語の使い方として少しも正しくないところが、実に日本的であると思う。

今現在、私がこの文章を書いている今現在の日本で、色々な人がそれぞれに愛したモノが死んでいこうとしている。

不要不急の事業を停止せよ。早い話がそう指示されているのであるが、一番最初に名指しされたのはライブ・コンサートの類いであった。

私自身も、我が推しであるアイドル、武田智加さんの生誕祭に参加すべく、翌日には博多に移動するはずだったけれど。まさにその移動日の前日。政府の自粛要請を受け、その日の公演が中止になり、そのまま生誕祭も延期になってしまったのだ。

ライブ・コンサートからやがて飲食店、小売業など、ありとあらゆる「不要不急の仕事」に広がった自粛の波は、一向に引くこともなくむしろ長期化が予想される状況である。

さらには「自粛であって命令ではないので、支援はするが補償はしない」という政府の方針、さらにはその支援も「必ず受けられる訳ではない現実」を見ると、この状況が仮にすっきり終わったとしても、全てが元通りにはならないだろうと、大変くらい予想しか出来ない。

休業、もしくは営業短縮を余儀なくされている業界が多いので、事はエンタテインメントだけに留まる話では無くなっている。

ライブが好きではない(もしくは明確に嫌い)な人だとしても、自分のお気に入りの飲食店、応援しているスポーツチーム、お気に入りの公園……、そういった「絶対に失いたくないもの」が、一つ二つはあると思う。

そういったものを救いたいと思ったとき。飲食店ならテイクアウト販売、エンタテインメントであれば各種有料配信、そういうモノではなくても例えば存続のためのクラウドファンディングなど、相手側がアクションを起こして貰っているならそれは幸いである。

既にそういったことをやる気力もなくなっているのなら、我々が出来る事はすでにないからだ。

そして、現時点ではまだこちら側に残っている支援のための資金も、これからはきっと、減っていくのではないだろうか。

愛したモノ達が死にゆくときに私たちにはなにが出来るのだろうか?

私はその問いに明確に答えられないけれど、まずは「助けられる自分」でいなければならないのかなと、そんなことを最近思っている。

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AKB0048 #26 感想補足

HaKaTa百貨店みて心を落ち着かせようと思ってたら余計に動揺した←

この作品は、佐倉が二次創作家デビューしてから始まった作品なので、キャラクター達のファンとしての視点と、作家としての視点と、従来からのいわゆる評論家目線(評論家は本職ではないので目線)が錯綜してとっちらかっているのですが。

簡単に列挙すると。キャラクターのファンとしては納得いかない部分もあり、作家としてみたらこの構成になるよなあと言うか、よく取りこぼし少なくまとめたなあと思ったり、評論家目線だと尺の配分が微妙だったなあと思ったり。そういう思いが錯綜した感じなので、感想文もとっちらかっている気はします。

というか、岡田麿里さんの作品は実はたぶん始めて通しで見たのですが、彼女の書く台詞って、文法がおかしいんですよ。文字におこすと単独で意味が分からない。でも、何回来ている台詞に感じるんですよね。少なくとも脚本だったらそれでも良いんだなって、そう思いました。で、自分も出来ればそういうのを違和感なく書けるようになりたいなって。元々口語文って文法的に見たらしっちゃかめっちゃかなんですよね。で、映像作品だと、勝手に時間が経過していくし、台詞を話すのが人間だから文章以外の情報を込められるのでそれでも良いんですよ、きっと。でも小説はそうはいかなくて、今ちょっと思い悩んでいるところなので。でもきっとそれは技量の問題だから頑張ろう。そう思いました。

さて、本作の構成ですが、後半というか、ラス前。秋葉星占領以降がね。それまでの丁寧さに比べて流れが速すぎてキャラクターの心情について行けてない感じがある気がするのですよ。思えば、佐倉は実は河森モノと相性が昔から良くなくて、そのせいなのかもしれないのですが、それ以前のしっかり描写していく流れからの隔たりを強く感じました。よくよく考えてみると佐倉がよいと思った部分は平池監督由来なのかもしれないですが。

ただ、背景設定というかその辺についてはさすがとしか言いようがなく。素材と自分の描きたい物語とを融合する設定として、手堅いラインを押さえてくるところはさすが伊達に眉濃くないなと思ったりしています。

さて、ネタバレ系で言い残したことを以下に。

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